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近所を散歩するときによく持ち出すのがLEICA DⅢだ。

 

よし撮るぞ、という気負いは全くなく、ふと気になった瞬間をそっとすくう、その感覚が心地よい。

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5   Fujifilm C200

 

テレビ番組の「グレートジャーニー」や写真集「奇界遺産」で著名な佐藤健寿さんが書籍「ライカM  デジタルM型ライカブック」(玄光社)の中で、

『巨大な高性能一眼レフを向け、被写体から瞬間を「奪う」でもなく、小型のコンデジを向けて瞬間を「盗む」でもなく、被写体と同じ目線で対話しながら瞬間を「分けてもらう」ように撮影ができるのは、今も昔もライカだけかもしれない』

と述べていたが、なるほどライカと被写体との関係性や距離感がよくわかる。

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5    Fujifilm C200

 

結局、被写体への愛とまでは言わないけど、ほんのちょっと、自分が謙虚でいたいものだと思う。

 

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5   Fujifilm C200

 

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5   Fujifilm C200

 

ここは通るといつも撮る場所なんだけど、一度として同じ写真にはならないし、反復することはきっと重要なことなんだろうと思う。

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5   Fujifilm C200

 

新緑が心地よかった。

 

DⅢとエルマーはモノクロで使うことが多いけど、カラーの優しい発色がいいなと。

 

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5   Fujifilm C200

 

この日は愛車でぶらついた。

 

もうちょっと柔らかいイメージで撮ったけど、結構絞ったし明暗差がありすぎたかな。

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5   Fujifilm C200

 

昔ながらの商店街と夕焼けは合うな。

 

 

LEICA DⅢ Elmar 50mm f3.5   Fujifilm C200

 

ボディもレンズも1937年、38年頃のもの。

80年後も使えるというのが純粋にすごいなと思う。

 

自分が心地よいと思う写真が撮れれば、フィルムでもデジタルでもどっちでもいいんだけど、シャッターを切って、瞬間とその前後のゆらぎをフィルムに閉じ込めておいて、現像によって閉じ込めておいた空気が開いていく感覚、デキャンタージュのようなプロセスはデジタルには置き換えにくいなとも思う。

 

 

▲今回の機材

 

 

 

 

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