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前回の桐生を後にし(フィルムで残す歴史ある町並み 桐生編)、群馬県の渋川で1泊する。

翌朝、群馬県中之条町にある六合赤岩(くにあかいわ)を目指して出発。

渋川から北西に国道145号線を進み、途中、八ッ場ダムの近くを通りつつ、1時間ほどで目的地周辺に着いた。

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Mamiya RZ67 ProⅡ  SEKOR 110mm f2.8  Fujifilm PRO160NS
▲国道292号線から赤岩集落を望む

群馬県吾妻郡中之条町南西部に位置する赤岩地区は、古くから養蚕業がさかんであり、山村・養蚕集落として2006年に重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

中之条町は、最近では「中之条ビエンナーレ」を開催するなど、アートを前面に押し出して町おこしをしている。

思い起こせば、2000年、小渕恵三が逝去して、その翌月に衆議院議員選挙が行われたが、だいきちはその時に小渕優子の取材で中之条町に来ていた。 もう、15年も前か……。

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400

集落の入り口に駐車スペースがあり、そこに車をとめて散策する。

赤岩地区は河岸段丘の段丘面上に位置しているため水に恵まれず、農産業だけでは生計が成り立たないため、その副業として養蚕が発達したと言われている。

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400

明治初期には前橋に繭が出荷され、林業や麻の生産から、養蚕へと中心産業が変化したという。
養蚕は昭和30年代頃まで非常に盛んで、村のほとんどが営んでいたそうだ。

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400
▲湯本家住宅

3階建てで、1・2階は文化3年(1806年)、3階は蚕室として明治30年(1897年)に建設された。
1803年(享和3年)の大火でほとんどが焼け落ちたため、主屋を土壁と置屋根の土蔵造りにして再建されている。
また幕末には蘭学者であった高野長英がかくまわれていたとされ、2階には「長英の間」が残されている。

赤岩地区に温泉施設があるが、高野長英にちなんで、「長英の隠れ湯」と名付けられている。

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400
稚蚕飼育所跡

蚕の飼育は非常に難しいため、共同で飼育する目的で1962年~1963年(昭和37年~38年)頃に建てられた稚蚕飼育跡。土室(どむろ)とも呼ばれる。

内部には養蚕のための温度調節設備が残っていて、共同で稚蚕飼育が始まった頃の養蚕技術が分かる貴重な施設となっている。
現在は、ここで体験教室などが開かれている。

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NIKON F100 TAMRON SP AF 28-75mm F/2.8 (Model A09II) Kodak PORTRA160 

この地域では最後まで養蚕業を営んでいたお宅。

お話しをうかがい、家の中を案内していただいた。

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400

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CONTAX 137MA  YASHICA ML 28mm f2.8 Kodak UltraMax400

明治時代に増築された三階。

昭和60年ころまで、実際に養蚕業を営んでいたという。

現在は、町から依頼されて、子どもたちの教育や観光用に少しだけ飼育しているという。

当時の状態や町並みを維持していくのが重要伝統的建造物群保存地区に選定された地域としての役目だと思うが、中には観光地化していくべきだという意見もあり、なかなか住民の意見をまとめるのは大変だ、とおっしゃっていたのが印象的だった。

こういった話は、どこの重伝建地区でも聞かれ、奈良県のある地区では、住民の意見が二分されて対立状態だった、なんていう話もうかがった。

重伝建の場合、一戸の建物ではなく、エリア全体として選定されるので、意思統一を図るのは大変のようだ。

そんな住民の方の苦悩も慮りつつ、だいきちの重伝建めぐりはまだまだ続くのであった。

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