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最近、自分の周りでは、はじめてフィルムに挑戦する人、再びはじめる人、が増えている。
フィルム原理主義、デジタル原理主義、というのではなく、状況に応じてデジタルも使うし、フィルムも使う、という自然体のスタンス。
このフィルム回帰の流れは今後さらに加速しそうな予感がする。

そんな折、「だいきちさんは、なんでフィルム使っているんですか」 と聞かれた。
自分の場合、「カメラ自体の機械としての構造や金属の質感が好き」 「フィルムの色調・階調や粒状感が好き」 なんだけど、最大の理由は、機械式フィルムカメラの「不便な自由さ」が好きだからだ。

自分でなんでもやらなきゃいけないのは、面倒かもしれないけど、自由だ。
誰かが決めるのは便利だけど、窮屈だし退屈だ。
仕事ではなく趣味なんだから、好き勝手にやりたい。

田中長徳語録に、
「エルマー固定のライカA型がなにやらクールな存在なのは、まずレンズ交換の誘惑から完全に自由であることだ」(「ライカワークショップ」エイ出版社より)

というのがある。
レンズ交換ができないって、それ不便じゃん、と思ったけど、primitive な状況の中で最善の結果を出そうと想像することが、創造することにつながる気がする。
昔は、オートフォーカスも自動露出もカラーフィルムもなかったけど、優れた作品は数多く生まれたではないか。

確かにフィルムは失敗もあるのだけれど、自分で決める自由は、失敗すら美しいのだ。

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LEICA Ⅲ Elmar 50mm f3.5  Fuji C200
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LEICA Ⅲ Elmar 50mm f3.5  Fuji C200
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LEICA Ⅲ Elmar 50mm f3.5  Fuji C200

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